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知ってた?
これがホントのフィリピン人
駐日大使がお教えします!

南北に大小7109もの島々が点在し、100を超す民族が暮らすフィリピン。時に「混沌(こんとん)」とも形容される「多様性」こそが、この国の活力になっています。16世紀にスペイン艦隊を率いたマゼランが上陸。以後、スペイン、アメリカ、そして日本による統治の影響も受けました。日本では南海のリゾート地としてのイメージもありますが、近年は経済発展が目覚ましく、首都のマニラは近代的な高層ビルの建設ラッシュが続いています。そんなフィリピンの日常とはどのようなものなのでしょうか。祖父がフィリピン大統領、父親も駐日大使を務め、幼少期に日本で生活した経験もあるホセ・カスティーリョ・ラウレル5世大使に聞きました。

1

1年の1/3が
クリスマスシーズン

Courtesy of Deparment of Tourism

 人口の9割以上がキリスト教徒です。スペインによる植民地時代に広がったものです。ですから、クリスマスは日本の人が想像している以上に盛大にお祝いします。12月は気候もよいので、イベントとしては最高のタイミングなんです。 だいたい、4か月前から皆そわそわし始めて、街中を華やかに飾り立てたりしてクリスマスの準備を始めます。
 そして、クリスマスに欠かせないのが、プト・ブンボンというお菓子。「ウベ」という紫芋で色付けされた棒状の餅菓子です。バナナの葉に載せ、ココナツのフレークや砂糖をまぶして食べます。食感は日本のおはぎに近いかもしれません。

 クリスマスの9日前から毎日教会に通い、クリスマス当日は深夜の3時にミサに出かけます。それからみんなでジンジャーティーを飲み、プト・ブンボンを食べるのが、私が経験してきたクリスマスの過ごし方です。
 「13か月目の給料」と呼ばれるクリスマスボーナスを支払う制度もあります。人を雇う時に13か月分の給料を支払うように法律で決まっているのです。とにかく、クリスマスにかける情熱は半端なものではありません。ぜひ、クリスマスシーズンにフィリピンを訪ねてみてください。普段、見られないフィリピンを体験できるはずです。

2

1945年8月6日、
私は奈良にいました

 1942年にフィリピンは日本軍に占領されました。占領下の43年に大統領に就任したのが私の祖父です。日本軍とギリギリのところで妥協しながら、フィリピンの国益を守ろうとしたのですが、日本軍の協力者とみなされることもありました。それで、日本の敗戦が濃厚になった45年にフィリピンを脱出し、台湾経由で日本に亡命したんです。 日本で滞在したのは奈良ホテル。44年に生まれた私も一緒でした。日本では4歳まで生活しました。当時の記憶は薄れつつありますが、朝から晩まで空襲があったことを覚えています。8月6日に広島に原爆が落とされた時も奈良にいて、その時の話を親からよく聞かされました。
 私の父が66~71年に駐日大使を務めていたこともあって、当時、私も大日本印刷でグラフィックアートの勉強をしました。敗戦から高度経済成長を経て日本が復興していく様子をじかに見てきたことになります。そして、日本が令和になった今、こうして再び日本で生活しているのですから、日本との強いご縁を感じずにはいられません。

3

30万人が日本で
ご一緒しているんです

 1000万人を超すフィリピン人が海外で生活しています。その多くが就労者で、収入の多くをフィリピンに送金します。その額は日本円で約3兆円にもなり、国の財政を支えています。フィリピンは移民大国でもあるのです。
 移民を送り出している国はフィリピン以外にもたくさんありますが、フィリピンでは、政府が海外で働く人たちの送り出しに積極的にかかわっています。職種も看護師などの専門職から単純労働まで幅広く、特に船員として働く人が多いのが特徴です。実際、船員を養成する学校もあり、大型のクルーズ船には400人ぐらいのフィリピン人が船員として働いていることもあります。英語が話せることも優位に働くのでしょう。新型コロナウイルスの感染で世界から注目の集まったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」にもフィリピン人が船員として乗船していました。
 日本でのフィリピン人コミュニティーも大きく、30万人近いフィリピン人が生活しています。そのうち、約1万人は学生。愛知県や東京都などに大きなコミュニティーがあります。

4

“フライドチキン愛”がすごい

Courtesy of Deparment of Tourism

 フィリピンの文化の多様性を反映して、食文化も実に多種多様。そんな中で、一般的に共通しているのは日本と同じようにお米を主食にしていること。フィリピンでは二期作ができ、食べるお米は粘り気が少なく、細長い形のインディカ米です。
 ご飯と一緒に食べるおかずで特に人気なのがチキン。元々、フィリピンでは鶏肉をよく食べるのですが、鶏肉を酢醤油(じょうゆ)に漬け込み軟らかくなるまで煮込んだ「アドボ」という料理はフィリピーノフードと言ってもいい。酢を使った料理が多いのは、冷蔵庫のない時代、酢を使うことで食料を長期保存したことの名残です。酸味が食欲をそそるんです。調理法も地域によってバラエティーがあり、ココナツミルクを入れたり、油で揚げたりするものもあります。
 ファストフードでもハンバーガーよりフライドチキンというのがフィリピンなのです。ハンバーガーはお米じゃなくて、パンですからね。お米に合うおかずじゃなきゃダメなんですね。

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お弁当はみんなでシェアします

 食事の話をもう少し。フィリピンでの食事は大皿に料理を盛りつけ、それを各自が取り分けて食べます。堅苦しいマナーはありませんが、シェアすることを重んじます。
 最初に料理に手を付けるのはお客さんだし、知り合いを見かけたら、質素な料理だったとしても「食事を一緒に食べませんか」と誘うのが礼儀なのです。
 お昼のお弁当のおかずもよくシェアして食べます。フィリピンのお弁当のウラム(おかず)は基本一つだけ。日本のお弁当のようにたくさんの種類のおかずを詰め合わせることはありません。一人のおかずは1種類でも、みんなで分け合えば、たくさんの種類のおかずを楽しめます。それに仮にご飯だけだったとしても、おかずを分けてもらえる。東洋的な優しい文化だと思います。
 ここの大使館でも昼時は職員たちが集まって、お弁当をよくシェアしていますよ。単に食事を食べるだけでなく、そこでみんなと時間を分かち合い、話し合うことをフィリピン人は何よりも大切にしているのです。

ホセ・カスティーリョ・ラウレル5世さん
(駐日フィリピン大使)

1944年、ルソン島バタンガス生まれ。祖父が日本軍政下で第3代大統領、父親が66~71年、駐日大使をそれぞれ務め、本人も幼少期から日本にたびたび滞在。マニラのデラサール大で社会学と経営学を学び、同大大学院でビジネス管理学修士。同大講師、バタンガス州知事、YKKフィリピン会長などを経て、2017年より現職。妻との間に子供が4人。

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