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知ってた?これがホントのパキスタン人
特命全権大使がお教えします!

 イギリスの植民地支配から独立するかたちで1947年に生まれたムスリム国家。それがパキスタンです。日本でもモヘンジョダロの遺跡やガンダーラ美術に魅せられる人や、「世界の屋根」と呼ばれる名峰に憧れる登山者も多いようです。2018年7月に総選挙(下院選)が行われ、国民的スポーツ、クリケットのスター選手だったイムラン・カーン氏が首相を務める新政権が発足したばかり。日本の約2倍の広さに、2億人以上が生活する南アジアの大国の日常とはどのようなものなのでしょう。九州大学で国際経済法などの博士号を取得し、流暢(りゅうちょう)な日本語を話すアサド・マジード・カーン大使にパキスタンの人たちの暮らしぶりを教えてもらいました。

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庭を掘れば遺物がザックザク

 パキスタンの国としての歴史は70年あまりですが、地域の歴史は数千年前までさかのぼることができます。例えば、モヘンジョダロでは紀元前2000年ごろ、インダス文明が花開きました。遺跡からはレンガの街区や男性の半身像などが出土し、世界中の歴史ファンを引き付けています。
 その後、ガンダーラ文明が栄えました。こちらは「断食する仏陀(ブッダ)」のようにリアルな仏像などで日本人にも有名です。パキスタンはイスラム教の国ですが、仏教関連の遺跡が多い。実際、自宅を建てるために地面を掘り起こすと、大昔の遺物が出てきたという話をよく聞きます。
 歴史に加え、自然の豊かさもパキスタンの大きな魅力。特に世界で高山の密度が最も高いとされる北部山間部は、登山ファンにとって聖地といってもいいでしょう。カラコルム山脈を中心に、その東側にはヒマラヤ山脈、西側にはヒンズークシ山脈が連なり、山に登らない人でも、雄大な景観に感動するはずです。

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インド料理との違いはココ!

 パキスタン料理は様々な香辛料を使うのが特徴です。唐辛子の種類も多い。一方、インドで使われるココナツミルクは基本的に使いません。インドに比べて肉食が中心ですが、「ハラール」というムスリムの食の規律があり、豚肉は食べません。
 日本と全く異なる食文化ですが、お米を食べるのは共通点。パキスタンとインドの一部で栽培されている「バスマティ米」と呼ばれる長粒種が中心で、以前は日本で手に入れるのが難しかったのですが、最近は一般的なスーパーでも扱われるようになっていて驚きました。ハラールに沿った食材を扱う店も増えました。ハラールミートを扱っている店も以前、東京に数店しかなかったのですが、今は手に入れやすくなりました。
 マンゴーの日本への輸出も2012年から始まっています。パキスタンで小ぶりなマンゴーは「食べるもの」というよりは「飲むもの」。皮付きのまま、熟した実を手でもみ、果汁を飲んだりします。

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ラマダン、本当につらいのは夏

 イスラム教のラマダン(断食月)はカレンダーによって決まります。冬は何とか我慢できるのですが、夏場は結構きつい。夜明けから日没まで、飲食ができない上、日中の気温は場所により40度から50度近くになることもざらで、暑さと空腹に耐えなければならないからです。
 パキスタンで喫煙者は多いのですが、ラマダン期間中は、たばこも一切吸えません。最近は都市部のモダンなカフェなどで人気を集めているのが水たばこ。元々は中東の風習で、こちらはシシャ(Shisha)と呼ばれるものですが、パキスタンにも伝統的な水たばこがあり、ホッカ (Hukka)と呼ばれています。主に地方で楽しまれていたのですが、それが若者の間で復権しています。
 イスラム教ではお酒も飲みません。日本に来て最初のころ驚いたのが、街に酔っ払いがいるということでした。パキスタンにはいませんから。
 最近は海外からの観光客が増えていることもあって、日本でもムスリムに配慮した礼拝所が商業施設などにも設けられるようになりました。お祈りは1日5回。お祈りする時刻は日照時間によって決まるので、夏と冬とで違ってきます。

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戦後の日本を支えたパキスタンの綿

 パキスタンと日本は綿花の輸出入を通じて戦前から深い関係を結んでいます。原綿の供給地だったカラチには、現在の双日や豊田通商といった商社や銀行の出張所が進出。一方、パキスタンは繊維製品や紡績機械などを日本から輸入しました。
 戦後間もない1948年に日本との貿易が再開し、繊維業を中心に復興を進める日本にとってパキスタンから輸出される原綿は大きな役割を果たしました。50年代になると、商社など多数の日系企業が進出し、カラチは日本人の多さでニューヨークと並ぶほどだったといいます。
 パキスタンの伝統的な装いはシャルワール・カミーズ。裾丈が膝あたりまであるゆったりしたシャツにズボンを合わせます。皇居で信任状奉呈式に臨んだ時、私もこの服装で行きました。女性はこれに「ドゥパッター」と呼ばれるベールをかぶります。「ブルカ」と呼ばれるベールで全身覆う人もいますが、ドゥパッターの方が伝統的な衣装です。

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日本人もビックリ、98%が日本車

 パキスタンで走っているほとんどの車が日本車です。日本よりも日本車の割合が多い。スズキはインド進出で有名ですが、インドより先にパキスタンに工場を作っています。ほかにもトヨタ、ホンダなどがパキスタンに製造工場を設けています。パキスタンでは車は左側通行で日本と同じ右ハンドルの車が基本なので中古車なども輸入しやすいわけです。
 エキゾチックに車体を飾り立てたトラック、いわゆるデコトラもパキスタンならでは。トラックの運転手は、自分のトラックを「自分の第2の家」のように 考えています。したがってトラックで過ごす時間も長くなります。自らのアイデンティティーを表現する一種のメディアとして、かっこよく、見栄えもよくしたいと思うのでしょう。
 車体を派手に飾ると汚れが目立たなくなるという利点もあるそうです。中には、ひいきにしている女優の肖像や応援している政治家の顔を車体に描いている人もいます。多彩で見飽きることがありません。

アサド・マジード・カーンさん
(駐日パキスタン大使)

1990~91年、日本に語学留学し、93~96年、パキスタン大使館に二等書記官として赴任。駐米パキスタン臨時大使、外務省西アジア局長、外務次官補などを経て、2017年から現職。子供は2人。

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