HINTS課題解決のヒント
「健康」をキーワードに 新しい価値を共創
「ヨミケン」が目指す これからのウェルビーイング
読売新聞社は、インテグレーテッドヘルスサイエンス株式会社(IHS)、関西イノベーションセンター(MUIC Kansai)と共同で、健康状態を総合的に評価する仕組みづくりを目指すプロジェクト「ヨミケン」をスタートさせた。通常の健康診断では把握の難しい疲労度や集中力の低下、自律神経の状態を可視化することで、新しい健康指標をつくろうというものだ。独自技術を持つスタートアップと、広範な読者基盤を持つ読売新聞の共創によって生まれる価値を、未来社会へどのように生かしていくのか。担当する2人に聞いた。

神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 ヘルスケアソリューション科学講座
特命准教授 渡辺 恭介氏
(左)読売新聞大阪本社ビジネス局ソリューション開発部
MUIC Kansai兼務 首藤 大知氏
「脳体力」を可視化、新たな健康指標に
──「ヨミケン」とは、どういったものなのでしょうか?概要を教えてください。
渡辺氏 「脳体力」と自律神経データを組み合わせて解析することで、一人ひとりの健康状態を総合的、客観的に評価しようとするプロジェクトです。「脳体力」とは、日常生活や社会生活を送るうえで重要となる、空間認識力、見当識、記憶力、計画力、注意力といった認知機能を総合的に捉えた考え方です。認知機能を測るというと、物忘れ、道や場所がわからなくなる、人の名前が思い出せないといった記憶力にフォーカスが当たりがちですが、脳がつかさどる機能は、注意を向ける、計画する、歩くなど行動全般に及びます。それらを統合して見るという意味で、我々は「脳体力」という名称を使っています。
測定には、株式会社トータルブレインケアと当社が共同開発した「CogEvo(コグエボ)RD」という認知機能測定ツールを使います。当社は神戸大学発のスタートアップで、疲労の研究をベースに、通常の健康診断では拾えない、また目に見えにくい健康状態をデータで可視化できるような技術開発に取り組んでいます。CogEvo RDは、MCI(軽度認知障害)などの認知機能低下を捉えるだけでなく、健常な方も含めて認知機能を幅広く評価できる、科学的根拠に基づいた測定ツールです。従来の認知機能検査では捉えにくい、健常域での個人差や経時的な変化も評価できる点が特徴です。ご自身の性格や疲労の状態、生活習慣などについて答える質問票と、簡単なゲームで構成され、ヨミケンプロジェクトでは、ご自宅でタブレット端末を用いて受検していただきます。認知機能は疲労度によって変わってくるのですが、自律神経の状態を測定するアプリを併用することで、より多面的に評価することが可能です。


首藤氏 普段の健康状態を客観的に把握できれば、日頃の習慣を見直し、一人ひとりに合った健康習慣を始めていただくきっかけになります。読者への貢献の一つとして読売新聞社の発信力を生かせるのではと考えています。
今年5月から読売新聞の新聞広告、折り込みチラシ、公式SNSと様々な媒体でモニターの募集を行い、延べ2800人を超える方に登録いただきました。応募・申し込み方法をできるだけ簡単にしたこと、モニター頻度を2か月に1回(年4回)と無理のない範囲に抑えたこと、参加特典をつけたことなどにより、20歳代から80歳代までの幅広い年齢層の方が参加してくださっています。

――リアルでのイベントもあるのですか?
渡辺氏 タブレット端末をお持ちでない方や、タブレットの操作方法がよくわからないという方向けにリアルイベントも開催しますが、ご自宅でしていただくことと内容は同じです。既に7月に1回、淀屋橋にあるMUICさんのオフィスで開催し、60人ほどに参加いただきました。
首藤氏 会場でタブレット端末をお貸しし、操作方法などを説明しながら取り組んでいただきました。リモートとリアルイベントを併用することで、より多くのデータを集めることができればと考えています。
渡辺氏 会場では、同じゲームに取り組んでいても、「難しい」「やり方がわからない」といらだちを見せる方もいれば、「すごく面白い」と興味津々で楽しむ方もいらっしゃるなど、反応がバラエティーに富んでいる様子を興味深く拝見しました。新しい課題に向き合った時の反応、感情の動きも認知機能に影響しますので、貴重なデータを取れていることが実感できました。

思いを一つに、異業種が協業
──そもそもどういった経緯から、協業に至ったのでしょうか?
渡辺氏 きっかけは去年の9月、グラングリーン大阪の中核機能施設「JAM BASE(ジャムベース)」で開かれた交流イベントです。JAM BASEには大学の研究機関や様々な規模の企業が入居していて、MUICさんも当社もオフィスを構えています。
当社は、健康状態を知るための評価技術だけでなく、健康度が下がっている場合のソリューションまでをつくりたいと考えています。そのためには基盤となるデータをできるだけ多く、かつ幅広い世代から集める必要があるのですが、高齢層の方へのアプローチに難しさを感じていました。そういう話をしたところ、JAM BASEを運営されている一般社団法人CCG(コ・クリエーションジェネレーター)の方がMUICさんに相談するよう勧めてくださり、そこで読売新聞社を紹介していただけたのです。コアな読者層が比較的高齢寄りであることは、我々が求める層とすごくマッチングしました。また、様々な事業を通して人を集めるノウハウを持っておられる点にも心強さを感じています。
首藤氏 MUICは、共創の起点となるテーマ設定・チームアップから実証実験の実施までを、事業化に向けてトータルでサポートする組織です。読売新聞社はMUICのゴールドメンバーとして参画しており、私自身、兼務という形で関わらせていただいています。これまで新聞社の業務ではスタートアップと接点を持つ機会はあまりなかったので、当社としてもIHSをご紹介いただけたのは非常にうれしいことでした。
健康や病気に関する個別データ「PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)」には、実は私も関心を持っていました。きっかけは、昨年の大阪・関西万博です。PHRで健康状態が可視化・管理できれば病気の予防や早期発見、さらには個別化医療の実現にもつながると注目されており、新聞社としてもできることはないだろうかと考えていました。
当社には、50歳以上の方にボランティア活動やイベントなどに参加する機会を提供する会員組織「わいず俱楽部」をはじめ、イベントに参加者を集めるためのノウハウが豊富にあります。また、これまでの経験から、本紙読者にはシニア世代の中でも活動的な方、いわゆる「アクティブシニア」が多いという実感がありました。データ構築のため多くのモニターを集める必要があるという課題に対し、そこも強みになると思っています。

未来の健康・医療の鍵を握るPHR
――PHRが収集されることに抵抗を感じる人はまだ多いように思います。
渡辺氏 個人のプライバシーや健康状態に関する情報を悪用されるのではないかという不安は理解できますし、システムとして抱えているリスクではあると思います。マイナンバーやマイナ保険証に抵抗を感じる方がいらっしゃる現状では、個人的な情報を預けるには、信頼感がないと難しいですよね。その点でも読売新聞というブランドに期待するところは大きかったです。
首藤氏 募集にはSNSやインターネット広告も使いましたが、一番多かったのは新聞広告からの応募でした。スマホの時代とはいえ、自分の健康データが収集されるだけに、ネットから気軽に登録するという感覚にはならないのかなと感じました。ご自身の健康状態を知りたいというニーズに、信頼できるメディアとして応えていければと思います。
渡辺氏 新聞に載っている広告は、しっかり審査されているはずだという安心感が根強くあるのだと思います。特に読売新聞には、長い歴史と広範な層の読者を大勢持っておられるという信頼感が大きいのでしょう。
ただ私としては、データの供与は次世代へのサイエンスの礎になるとの考え方が、日本にもっと広がってほしいという思いがあります。 イギリスには「UKバイオバンク」という大規模な研究基盤があり、約50万人の健康情報や生活習慣、遺伝情報などが長期的に収集されています。研究者は申請・審査を経ることで、個人が特定されない形でこれらのデータを研究に利用することができます。また北欧には、「自分たちのデータは次世代の財産」ということで、自らの健康・医療データを国レベルの医療レジストリやバイオバンクに預けることが文化として根づいている国があります。今回の取り組みが、そうした意識・行動変容につながる一歩になればと願っています。

――PHRの収集は、誰もが健康でいられる未来社会のためにも重要だということですね。
渡辺氏 病気と診断される前段階で認知機能を評価する仕組みを構築することが、変化への早期の気づきや、生活習慣を見直すきっかけになり、結果として健康の維持・向上につながってくると思っています。認知機能は20歳代、30歳代、40歳代の段階でも変わってきて、特に処理速度や注意、記憶などは50歳代、60歳代、70歳代とだんだん下がっていきます。我々はその変化をしっかり捉えられるツールを作ってきています。
また、今問題になっている社会課題の一つに、出勤はしているものの生産性が低下している状態「プレゼンティーズム」があります。例えば、休職こそしていないものの、その人が本来持っているパフォーマンスからすると20%ぐらい落ちているような状態です。その20%のところを解決しましょうというのが今、取り組むべき課題としてあるのですが、そのためには認知的なパフォーマンスがどの程度発揮できているか、測る方法を個々人が持っておかないといけません。我々はできるだけ簡便にそういったものを測る技術を提供できるようにしたいと考えており、その一歩が今回のプロジェクトです。
ウェルビーイングに貢献する「活字」の力
首藤氏 活字を読むということは認知機能とも連関していると思っており、当社は活字媒体である新聞を読んでいただくことで、認知機能の維持・向上、ひいてはウェルビーイングに貢献したいと考えています。新聞は広く読まれる情報媒体、マスメディアの一つであるとともに、「新聞を読んだら健康になる」といったような、新聞そのものの価値向上を目指したいと思っています。
渡辺氏 今は受動的な情報の摂取がすごく増えています。例えば、介護施設ではテレビを流していることが多いのですが、ぼーっと見ているだけでは脳への刺激があまりないんです。一方で新聞は、能動的に読まないと情報を摂取できません。そこは脳の使い方としては全然レベルが違うはずです。
認知機能が落ちてくると、1個の同じ作業をするにしても負荷が多くなります。ですから新聞を読むというのは、脳のトレーニングにもなると思います。毎日新しい情報が届き、あの件はどうなったのかな、この間のニュースの続きはどこにあるかなと、記事を探して読むわけですから。そもそも何㌻もある新聞を読もうという意欲があり、それを日常的にしっかり続けられていること自体が、その方の状態を見る一つの目安になると思います。そういう意味では、高齢の親御さんがいるご家族にとっても、一つの「見守り」ツールになるのではないでしょうか。

――最後に、今後の展開について教えてください。
渡辺氏 今回は自律神経機能と認知機能にフォーカスを当てていますが、その先には、睡眠の質も測る、酸化ストレスに関連する指標も測る、といったサービスを準備しています。新しい脳体力の評価系にプラスして、総合的な健康度を見るサービスとして社会実装できればと思っています。
読売新聞社には、購読者は割引や特典付きで受検できるなどヘルスケアサービスにアクセスしやすい状況を作っていただけるのではと期待しています。読売新聞を読んでいると健康になる、みたいな。そういったところまで深く一緒に何か取り組みをさせていただければうれしいです。
首藤氏 健康診断の結果で初めて知るのではなく、もっと早い段階から気づくことができれば、健康寿命の延伸も含めた個々人の健康増進につながると思います。読売新聞はメディアとして情報を提供するだけでなく、ウェルビーイングにも寄与できるんだというところで新しい価値を提供していければと思っています。紙媒体だけでも読売新聞本紙に加えて読売KODOMO新聞、読売中高生新聞などありますし、得られた知見を広く発信するフォーラムの企画もあります。デジタル媒体も含め、読売グループを挙げてそうした発信を強化していきたいと考えています。