なにげない日常が里子と里親の心を温める
家庭は子どもを守る繭

一般社団法人グローハッピー
代表理事 齋藤直巨さん
虐待や貧困などを理由に親元から保護され、社会的養護が必要な子どもたちを家庭で預かる里親制度。国は「施設から家庭へ」との政策方針を掲げ、社会全体で果たす里親の役割は大きくなっていきます。今後、里親制度がより良い方向に向かうためには、どうすればよいでしょうか。里親として子どもを預かり、里親支援の活動を行っている一般社団法人グローハッピー代表理事の齋藤直巨さんにお話を聞きました。
―社会的養護が必要な子どもたちにとって里親はなぜ必要なのでしょうか?
家庭とは、子どもを守る繭(まゆ)のような存在です。親は子どもを繭の中で守り、一人で羽ばたく力を持つまで養います。準備が整う前にその繭から出ざるをえなかったのが、社会的養護の子どもたちです。
親から離れて生活することは、子どもにとっては生活基盤が全く変わってしまう、非常に不安な体験となります。里親はその不安な時に「新たな繭」をつくり、個別のニーズを満たしながら守り育てる役割があると思います。
本来、繭の中で守られ育つ時期に親との分離体験、虐待を経験している子どもたちは心に大きな衝撃を受け、私たち大人が想像する以上の不安を抱えています。愛着障害という問題を引き起こしている場合もあります。
2008年から里親として子どもの育つ現場にいますが、家庭で守られて育つことは、将来に渡って影響のある重要なことだと感じています。
―子どもの立場からみて、里親養育と施設養育の大きな違いはどこにあるでしょうか?
2019年にグローハッピーが行ったプロジェクト「ナイス!な親プロジェクト―こども&おとな会議(助成:平成30年度キリン・地域のちから応援事業)」では、里親に必要な子育てスキルを、里親家庭で育つ子ども(里子・実子)、施設養育経験のあるユース、現役で養育している里親、精神科医や弁護士などの専門家と一緒に考えました。
施設で育った経験を持つ子どもたちから、施設での生活のさみしさや孤独感を教えてもらいました。施設の職員が自宅に帰る時、「自分は連れて行ってもらえない。ここに置いていかれるのだなあ」と思ったという子もいました。「自分だけの家族がほしい」「自分だけを可愛いがってくれる存在がほしい」という思いを持っている子も多くいました。
里親家庭では、24時間、365日、基本的にずっと同じ大人がいます。
特定の大人がずっとそばにいて守るということから、子どもは「私は大切にされる価値のある子ども」と認識し、その実感が自然と子どもの自己肯定感を育むのだと、里親としての養育からわかりました。
里親家庭での毎日の積み重ねが、子どもが「まるごと受け止めてもらった」と実感する、大切な歴史になるようです。
家庭復帰が難しい長期委託の子どもの場合、一緒に暮らしてきたことでできる心のつながりから、困った時に相談できる実家のようなセーフティーネットになっている場合もあります。
―どのような理由で里親を志望される人が多いのでしょうか?
みなさん、純粋に子どもを育てたいという方が一番多いです。「子どもを育てる経験をしたい」「困っている子どもがいるなら力になりたい」と考えている方が多くいます。不妊治療を経験した方も多く、実子が独立した後に里親として子どもを迎え入れる人もいます。
私自身は、実子が小さい時に里親として子どもを預かりました。自分自身の妊娠と出産、そして流産を経験し、「生まれてきている子どもたちを大事にしたい」という思いが強くなり、家族の応援から一歩踏み出しました。
―これから里親になるかどうか悩んでいる人たちに、どんなことを伝えたいですか?
子どもを受け入れるうえで不安を感じている人は多いと思います。今まで受けた相談の中でも、「自分でよいのだろうか」と悩む方も多くいました。
「ナイス!な親プロジェクト―こども&おとな会議」では、社会的養護を経験したこどもやユースから多くのことを教えてもらいました。一番重要だと思ったことは、子どもは、「いい親」を求めているわけではないということです。
子どもが望んでいる親とは、人としていい関係をつくろうとしてくれる人、子どもを一人の人として尊重してくれる人でした。
自分が里親でいいのかなと悩んでいる人は、子ども目線で自身を振り返り、子どもへ良い関わり方ができるか想像しようとする姿勢があると思います。それこそ里親として必要な資質なのではないかと思います。
自分を尊重し守ってくれる大人との関係から、子どもは良きロールモデルを獲得し、自分の力で歩みだす大人に成長します。
あなたが子どものことを思い、一緒に暮らす仲間になりたいと感じていたら、ぜひ里親になってください。
特に、長期委託の里親になることを考えている方に覚えていて欲しいことがあります。里親子としてスタートしたら、もう卵の殻から可愛いひよこが生まれたのと同じ。子どもはこの家で大切にされたいという思いを持ち、措置解除は子どもにとっては再度親を失う体験となります。
できるだけギブアップ(措置解除)をしないでよい方法や環境作りを、周囲を巻き込んで準備していただけたらと思います。いざという時には「助けて」というのは意外と難しいので、ヘルプを出す先については日頃から、「自分が安心できる」と「心地よさ」を軸に選んでみてください。養育の危機管理として、とても重要です。
―実際に里親として子どもを預かる中で、どんな悩みがありましたか?
児童養護施設では問題なく過ごしていたように聞いていましたが、里親家庭に入ったらトラブルが続出しました。私の子育てがダメなのかと無力感でいっぱいになり、何度も里親を辞めることを考えました。
グローハッピーで受ける相談でも、かつての私と同じように「自分の養育に問題があるのではないか」と悩んでいる方も多く、子どもと里親の感覚のギャップが課題ではないかと思っています。そのギャップを生み出している原因の一つに、愛着障害があると思います。
(最近ではこの言葉を使わない風潮もありますが、里親の経験としてこの言葉以上にしっくりくるものが現在ないので、あえて「愛着障害」という言葉を使いたいと思います。)
愛着障害の根底には「極度の人間不信と自己不信」があるのではないかと思います。子どもが経験したことから、誰のことも信じられない、自分は存在してはいけないのだと解釈しているようです。それほど、親との関係が子どもにとっては大きな意味を持ち、親との関係から世界全体を理解してしまうのだと分かりました。
里親向けの研修は無料で受講できるのですが、 それだけでは足りず、実践で役に立つ方法を求めて養子縁組の支援が進んでいる海外の先生の研修などに自費で参加し、専門的な学びやスキル獲得に努めました。その学びをもとに、さらに子どもと対話を重ねて、子どもが何を求めているのか少しずつ理解できるようになりました。
「問題行動は良い調子」
こうして10年以上かけて歩んだプロセスから、今では、問題行動がでるのは良い調子なのではないかなと思いはじめました。問題行動が回復への重要な要素だからです。
学びと子どもとの対話から分かったことは、子どもは自分で自分を守るために心に鎧をつけて一生懸命生きているということでした。問題行動は、子どもがようやく武装解除し、痛みを見せてくれたということだったのです。その痛みを知ることが、子どもの心を癒し問題行動を解決していくための第一歩なのです。
「ナイス!な親プロジェクト」のこども委員が施設で生活していた時のことを教えてくれましたが、好きな職員さんが当番の時には甘えて大暴れし、苦手な職員さんが当番の時は静かにしていたそうです。自分をそのまま受け止めてくれる人を、子どもはしっかり見極めていたんですね。
里親家庭で大暴れしているというのは、それだけ安心して里親に甘えているんだなと、ほっこりしてしまう時もあります。
―里親家庭での問題解決には何が必要でしょうか?
里親家庭に飛び込んでいくということは、子どもにとって想像を絶するような不安や苦労の経験なんだと思います。
子どもの表情は可愛かったり、元気だったり、そんなに深く悩んでいるなんて気づかれないことがほとんどです。
私も3歳で仲間入りしてくれた子が、自分の存在を実の親に否定されたと悲しみ、これ以上傷つかないように常に戦闘態勢でいると気づいた時、あまりに切なくて涙がでました。
子どもは自分の不都合や嫌という気持ちを伝えていいのか、常に大人の顔色や状況を判断してその場で拒否されないだろうと思える答えを用意しています。気持ち(本心)を伝えて拒絶されたくない、これ以上傷つくことに耐えられないという気持ちでいたのです。
そういった子どもの心情を大人が理解しようと努力し、子どもを注意深く観察し、子どもの声をもとに対応方法を模索することしか解決策は見つけられないと思います。
里親として子どもを守る「繭」になり育てるということは、その子の持った苦しさや悲しみ、絶望感をまるごと一緒に背負い、子どもの荷下ろしを少しずつ手助けしていくことでもあります。
子どもを大切に思えば思うほど、子どもの経験から同じように深く傷ついてしまうこともあり、結果として、里親がバランスを崩してしまうこともあります。里親子をしっかり支える体制を整えることは、子どもが安心して育つ環境を作るために大変重要です。里親が安心してSOSを出せるサポーターを増やすことが安定した養育には不可欠です。
里親支援で、現実に即したケアを受けられずに苦しむ子どもや里親も多くいます。児童相談所の職員や、専門家が里親養育をしっかりと理解し、個別の家庭にフィットしたサポートがより一層求められています。理解のない対応は、子どもや里親など当事者にとっては大きな痛手となり、「どうせ理解されない」と距離をとってしまい、結果的に誰にもSOSを出せない孤立を生んでしまいます。子ども、里親、支援職員が、お互いの声を聴きながら、対話をもとに子どもの安全な養育環境を整える方法を模索できるといいですね。
こんなに大変だということばかり伝えてしまうと、やはり私にはできないと感じてしまう方もいるかもしれません。
私がしんどさを感じたまま里親をギブアップしていたら、こんな言葉も出てこなかったと思いますが、やはり挑戦してほしいなと強く思います。
3歳だった子は、今年高校生になりました。
「自分なんていらないんだ」と思って絶望していた子が、今では「私、生まれて良かった」と言っています。
何てことのない毎日が子どもを温め、そして、自分自身も温められる日が来るということは、共に生活することを選択した私たちにとっては、最高の宝物ではないかなと思います。
今の私は確実に幸せだ!といえるのは、この関係があるからこそです。