こうして過労死は生まれる
本人は気づかぬままに…
夫を亡くした私の場合
寺西笑子さん
全国過労死を考える家族の会代表
「毎月、100時間以上の残業をしている。ろくに休んでいない。このままでは倒れてしまいます」。職場に問題を抱えている人やその家族からの相談を受ける私のところには、日々、そんな悲痛な叫びが寄せられています。
本人からの相談はほとんどありません。多くは夫を心配する若い奥さん、そして子供を心配するご両親からです。過労死につながるような働き方を強制されていても、本人が気づくことは全くと言っていいほどありません。逆に言えば、過労死の問題は、周囲が気づいてあげることが大切です。また、本人に働き過ぎだと言っても、仕事を減らすことはできないのです。危険だと思えば、専門の相談窓口に相談してください。今は「過労死」とウェブサイトで検索するだけで、様々な相談窓口の連絡先が出て来るはずです。
明らかに人が変わった
私は1996年に夫を過労自死で亡くしました。当時、大学2年生の長男と、中学2年生の次男を抱え、本当に途方に暮れました。
夫は和食店の店長でしたが、不況で業界全体の売り上げが前年割れとなる中、売り上げを伸ばせと無理なノルマを押しつけられました。元々は調理人でしたが、他店の仕入れ管理や慣れない飛び込み営業などもさせられ、休みなしで長時間労働を続けた末に、うつ病を発症して自死しました。
夫は最後の1か月半ほど、明らかに人が変わってしまった。覇気がなくなり、ご飯が喉を通らないから、おかゆを作ってくれと言われました。寝る前に夫の灰皿を洗ったのに、朝、起きると吸い殻が入っていました。眠れなくて夜中にたばこを吸っていたのです。
夫には何度も休んだらとか、もう店を辞めてもいいのではとか言いましたが、店に迷惑がかかると言って聞いてくれませんでした。真面目で責任感の強い人ほど、追い込まれていくのです。そして突然、自死しました。
あの時 相談していれば
今から考えると、あの時、休めなんて言っても意味はなかった。本人に言うより、どこかに相談すれば良かった。今も自分を責めています。夫はどうすれば、死なずに済んだのか。考えることが私のライフワークだと思い、「過労死を考える家族の会」の活動を続けています。
死んでからでは遅い。取り返しがつかない。命より大事な仕事はありません。おかしいと気づいたらすぐに、専門の窓口に相談してください。
過労死のような極端な例でなくても、今の働き方が異常ではないかどうか、考えてみてください。時間外・休日労働が月に45時間を超えて長くなると、睡眠に影響が出て、健康を害する可能性が大きくなると言われています。長時間労働については、時間外労働は、月80時間が過労死ラインと国が認めていますが、たとえそれ以下でも、毎日2~3時間も残業していて、若い人たちが普通の生活を楽しめるでしょうか。若者を使い潰す社会に、日本の未来はないと考えます。
今こそ「労働」を見直す時
はびこるブラック企業
山本勲さん
慶應大学商学部教授。黒田祥子・早稲田大学教授との共著「労働時間の経済分析」(日本経済新聞出版社)で労働関係図書優秀賞を受賞。
過労死というと、外国人は大変な興味を示します。過労死のある日本は、海外からは異常な国だと思われているのでしょう。日本人は過労死をどこか、人ごとのように思っているところがあるのではないでしょうか。
日本では、会社を簡単に移ることができません。労働者が会社側と交渉する力をバーゲニングパワーと言いますが、それが弱い。結果として、ブラック企業が生き残ります。また、中小企業では自分の働き方が異常かどうかすら、分かりません。労働環境が悪いと会社に人が集まらないので環境が改善されていく、という市場メカニズムが機能していない。
長時間労働でメンタル悪化
日本の労働時間は、海外に比べて長いことが分かっています。長時間労働は労働者のメンタルヘルス(MH)を悪化させます。主にMHを悪化させるのは、サービス残業という労働対価のない残業です。また、担当業務の内容が明確だったり、仕事の手順を自分で決めることができたりする場合、MHは悪化しませんが、突発的な業務が多かったり、周りの人が残っていると退社しにくい環境だったりした場合、MHは悪化します。職場にMHが悪化した従業員が多くなると、他の従業員のMHも悪くなります。
一個人の問題ではない
これらのことは、家庭環境や健康状態など、個人的な要因を可能な限り除いたデータの分析で明らかになりました。つまり、MHが悪化した場合、個人の問題ではなく、働き方や職場が悪いのではないかと疑うべきなのです。
総労働時間と利益率がどう関係しているか、調べてみると、長時間労働を是正した場合、時間当たりの生産性は結果的に向上して、企業の業績は悪化しないことが分かりました。また、休息を確保するなど従業員の健康を改善すると、企業の業績も高まるという結果が出ています。長時間労働の是正や職場管理の改善といった働き方改革は、企業にとっても、業績アップにつながる可能性があるということです。
まず「働き方」にメスを
また、労働時間だけにとらわれず、仕事の進め方自体も変えるべきです。日本人はきめ細かな仕事、質の高いサービスが得意ですが、それに見合った高い料金となってはいません。また、社外だけではなく、仲間内に配る社内向けの資料もデザインに凝って丁寧に作るなど、全ての仕事に過度な丁寧さが求められがちです。その結果、日本人のフルタイム労働者の労働時間は世界的に見ても長いのに、時間当たりの生産性は低くなっている。「日本人は効率的に非効率なことをする」などと言われています。
ただ、海外勤務を経験して効率的に働く同僚たちに接した人は、生産性を落とさずに労働時間だけを短くする傾向があることも分かっています。ワーク・ライフ・バランスを見直し、働き方を変えれば、従業員にとっても、企業にとっても、よりよい道が開けるはずです。