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大都市・横浜から
石炭と日本のエネルギー戦略を考える

石炭を燃料とする火力発電が日本のエネルギー戦略で大きな意味を持つという。横浜市中心部から約6㎞。海に面し、白と水色を基調に港町・横浜のイメージ通り洗練されたデザインの煙突が目を引くJパワー(電源開発)磯子火力発電所。ここでは、最新の環境対策設備の導入で、都市部においても、環境への負荷を抑えた石炭火力発電を実現している。加えて超々臨界圧(USC)と呼ばれる技術により発電効率を世界最高水準にまで高めることで、従来の発電方式と比べ、石炭の使用量を抑え二酸化炭素(CO2)の排出量を大幅に低減している。エネルギー政策に詳しいキヤノングローバル戦略研究所の研究主幹、杉山大志さんとともに、世界最先端の石炭火力発電の現場から日本の戦略的な石炭利用のあり方を考えた。

世界最高水準の環境保全対策と
発電効率を実現させたJパワー

磯子火力発電所を訪れた杉山さんが注目したのは、横浜市の中心部からほど近い都市部の立地だ。拡大する電力需要に応えるため、2002年(新1号機)および2009年(新2号機)に発電所は発電を止めることなく更新され、設備には最先端の技術が詰まっている。タワー型のボイラーなどを採用し、コンパクトな石炭火力発電所を形成しつつ、世界最高水準の環境保全対策と高い発電効率を実現している。年間供給電力量は現在、約81億kWh(約225万世帯分)で、横浜市の年間使用電力量の約3分の1に相当する。「排煙対策技術が確立しており、硫黄酸化物(SOx)と窒素酸化物(NOx)の排出では、ガス火力並みのクリーンさを実現している。加えてUSC技術による世界最高レベルの発電効率により、旧式に比べてCO2排出量は約17%削減されている。大都市にこれほどまでにクリーンな石炭火力発電所が存在しているのは驚き。敷地の半分を脱硫装置など環境対策にあてるなど徹底している」と杉山さん。

今後も、日本以外の国・地域で、世界に豊富に埋蔵され経済性にも優れた石炭での火力発電所を建設するという選択肢が出てくるのは必至だ。その際に遠隔地から送電線を引くのは巨額のコストがかかる。杉山さんは「土地利用の事情などから送電線を引くのが容易ではないケースもあるので、磯子火力発電所のような、大都市で環境対策を万全にしたクリーンでコンパクトな石炭火力発電所は、貴重な先進事例になる」とみる。

オイルショックの反省から
石炭火力発電が拡大

日本では1973年の第1次オイルショックをきっかけに石炭火力発電所が増設された。当時、日本の1次エネルギー供給の76%、電力供給の73%が石油に依存していた。ところが中東の政治的緊張で石油の供給がひっ迫、価格が高騰したため日本のエネルギー源を多様化させる狙いで、天然ガス火力、原子力と並んで石炭火力が増設された。現在、日本は、石油の9割、天然ガス(LNG)の2割を中東から輸入している。杉山さんは「石油と天然ガスは政治情勢によっては最悪の場合、輸入が途絶する可能性がある。日本のエネルギー安全保障の面から、政情が安定している国から燃料を輸入でき、価格も低く安定している石炭火力は非常に重要な意味を持っている。電気料金の面でも安定する」と説明する。
日本の1次エネルギー自給率は、2017年度で9.5%と他の先進国と比較しても低い水準となっている。杉山さんは「中東情勢が緊迫する今の時代だからこそ、日本がエネルギー源の多様化の一つとして石炭火力発電を推進してきたのは、オイルショックの反省からだったという原点に立ち返るべきだ」と強調する。

出典:財務省 貿易統計

世界にとっての石炭火力発電

杉山さんが現在、石炭火力の必要性を強く訴えるのは、「経済開発には安価で安定した電力供給が欠かせない」という視点があるからだ。
アジア、アフリカ地域の発展途上国では、石炭火力発電が最も発電コストが安いという国も少なくない。「貧困は今、目の前で起きている最優先の問題。まずは安価な電力で経済開発を進め所得水準が向上しなければ貧困問題は解決できない」と杉山さん。加えて調理や暖をとるために焚き木を室内で燃やす生活が電化されれば、室内の大気汚染を減らすことができ、住民の健康面も改善する。杉山さんは「安定した電気がないと工場も稼働できないし、健康面でもマイナス要素が大きい。このため、発展途上国や新興国にとって、石炭火力発電が低廉で安定した電気を供給できる手段になるのなら、その選択肢を奪うことはできない」と重要性を説く。

一方、中国やインドをはじめとするアジア地域や米国でも石炭火力発電の比率が高いが、その多くは環境性能も発電効率も日本には及ばない。机上の計算ではあるが、米・中・インドの発電所を日本の最高水準の発電効率の石炭火力発電所に置き換えた場合、CO2削減効果は計11.6億トンとなり、日本全体のCO2排出量(11.1億トン)に匹敵する大きさだ。磯子火力発電所をモデルにした都市型の「コンパクト石炭火力発電システム」として輸出すれば、CO2削減に果たせる役割は大きい。さらに杉山さんは「国と国の関係、官民の交流を深める上でも大きなインフラ案件は重要な意味を持つ。石炭火力事業を含め、相手国のメリットになる選択肢を提示してインフラ整備に寄与することで、諸外国と親交を結ぶことができる」としている。

欧米では、温室効果ガス排出が多い火力発電、とくに石炭火力発電所に対しては建設を取りやめる動きもあるが、杉山さんは「現在、『脱石炭』を掲げる国はドイツを除いて、もともと石炭を発電用として使っていない場合が多い。エネルギー政策はそれぞれの国の事情を踏まえて考えられるべきであり、それらの国々と置かれた状況が違う日本にとっては、石炭火力は引き続き重要な電源の一つ」と明快だ。

出典:IEA統計資料(Electricity and Heat for 2016)

石炭火力発電のCO2
さらなる削減をめざして

エネルギーには「S+3E」という考えがある。安全性(Safety)を大前提に、安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economical Efficiency)、環境(Environment)のすべてを満たすことが必要である。安定供給と経済性を満たす石炭ではあるが、気候変動問題ももちろん無視できない。そのため、磯子火力発電所を超える、石炭火力のさらなる「低炭素化」「脱炭素化」に向けた技術開発が進められている。
その1つとして、Jパワーは広島県で、経済産業省とNEDO※1の助成を受けて中国電力と共同で「大崎クールジェンプロジェクト」※2を進めている。石炭から一酸化炭素や水素などの可燃性ガスをつくって発電する「石炭ガス化複合発電(IGCC)」だ。さらに、2019年3月からは究極の高効率石炭利用技術とされる、「石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC)」システムの実証事業にも着手している。これは、燃料電池の中でも高効率で発電できる固体酸化物型燃料電池(SOFC)をIGCCに組み込んで燃料電池, ガスタービン、蒸気タービンの3種類の発電形態を組み合わせて複合的に発電するものである。磯子火力発電所よりも発電電力(kWh)当たりの石炭の使用量を抑え、CO2排出量を約30%削減することを目指している。
発電時に発生するCO2を分離して回収して将来的には排出を限りなく「ゼロ」にしていくという研究も進んでいる。CO2を地中に貯留するほか、炭素資源(カーボン)と捉え回収し、化学品、燃料、鉱物等の素材・資源に転換させて多様な炭素化合物として再利用するカーボンリサイクル、CCU(CO2回収・利用)がいま注目を集めている。

ハウス内のCO2の濃度を高めてトマト栽培が行われている。(北九州市)

現在でも、CO2は炭酸飲料といった食料品やドライアイス、作物の生育増進などに利用されているが、日本政府は2019年6月、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」を閣議決定し、CO2を資源として活用し、価値を持たせる「カーボンリサイクル」にチャレンジする方針を掲げている。CO2の活用について、メタンや、ウレタンなどの化学品、コンクリートなどでも可能性があるが、杉山さんは「作物の栽培にかかわる分野は有望」とみている。実際、Jパワーは福岡県北九州市でカゴメ㈱と共同で、CO2濃度を外気の2.5倍程度に高めたビニールハウスでのトマト栽培を実施している。「作物の生育に最適なCO2濃度をはじめ、高いCO2濃度に適した品種の改良などを研究し、農業の生産性を高めることもできる」という。

2019年6月、Jパワーは中国電力は、大崎クールジェンで実施する、CO2分離・回収型IGFCで回収されるCO2を有効利用するカーボンリサイクルの検討に着手した。Jパワーと中国電力は「カーボンリサイクルを含むCCUS(CO2回収・利用・貯留)につながる技術開発を促進していきたい」としている。

石炭火力は「未来のエネルギー」に

大崎クールジェンプロジェクト(広島県)

石炭火力発電はこれまで、世界各地で産出される石炭の種類に対応し、ガス化や燃焼、排煙処理といった技術開発を遂げてきた。今回訪れた磯子火力発電所や、研究が進む大崎クールジェンはまさにその技術の結集である。さらに、CO2を分離・回収する技術は石炭火力発電技術をベースに開発が進められてきたものだ。
杉山さんは「地球温暖化問題の解決に向けても、引き続き火力発電の技術を維持・発展させていくことが求められる」と語る。石炭火力は日本のエネルギーの安全保障、さらには日本としての国家安全保障の観点からも必要であり、さらに温暖化対策という地球規模の課題解決においても、その技術を活かせる存在だ。「今後、石炭火力の高度な技術のブレークスルーによってどれだけクリーンコール技術のコストダウンができるか注目していきたい。世界に通用するコストを実現できれば、石炭火力は、地球規模で持続可能な開発、発展に欠かせない存在、未来のエネルギーとなる」と杉山さんは期待する。

※1 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
※2  Jパワー(電源開発株式会社)は中国電力株式会社との共同出資により大崎クールジェン株式会社を設立。IGCC・IGFC及びCO2分離・回収技術の商用化に向けた実証事業に取り組んでいる。

Jパワー磯子火力発電所

1967年、石油へのシフトで低迷する国内炭を保護する目的で横浜市に建設され、運転を開始した。2002年4月に新1号機、2009年7月には新2号機へと更新した。蒸気条件に超々臨界(USC)を採用。高温高圧の蒸気条件で熱効率を上げることで、より少ない燃料で多くの電気を作りだしている。発電所用として国内初の乾式排煙脱硫装置を導入し、硫黄酸化物を除去するなど、主要先進国と比較して発電電力量(kWh)あたりの硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)の排出量を10分の1以下に抑えている。

ボイラー建屋の屋上。眺めがよく天気が良い時には富士山を見ることができる。
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山 大志(すぎやま・たいし)さん

1991年東京大学理学部物理学科卒業、93年東京大学大学院工学研究科物理工学修士了。
電力中央研究所を経て2017年キヤノングローバル戦略研究所上席研究員、2019年同研究所研究主幹。2019年、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授。IPCC第6次報告書統括執筆責任者(担当:イノベーションとテクノロジー)。