込められた想いまで、写したい。
写真家・阿部了さんは
これまで20年以上にわたり、
「お弁当」と「食べる人」を
被写体として追い続けてきました。その作品は
ANAの機内誌「翼の王国」の
名物企画として、
夫人であるライター・阿部直美さん
が執筆する文とともに、
空を旅する人々の心を和ませています。そんな阿部さんに今回、
ある印刷工場で働く方とお弁当の写真を
撮り下ろしていただきつつ、
写真への想いなどを語っていただきました。
「海」と「食」を経て、写真の道へ
船上の夜食づくりで、料理に目覚める
国立館山海員学校(現・国立館山海上技術学校)を卒業した後、僕が最初に勤めた職場は、「啓風丸」という気象観測船でした。海員学校の航海実習で気付いたんですが、実は僕、船酔いがひどいんですよ(笑)。だから「船乗りにはならない」と決めていたのに、急に欠員が出たとのことで学校に求人募集が来て、校長から「ここで断ったら、うちにこの求人が来ることは二度とないから」と言われてしまいまして。
船に乗って2年が経った時、機関員の僕は、機関士と先輩との3人1チームで当直を担当することになりました。当時は若手が夜食をつくる習わしがあって、調理が簡単なカレーを何度も作る人もいたんですけど、僕は毎回自分なりに工夫をしました。コロッケやメンチカツを揚げたり、冬ならホワイトシチュー作ったり…。
これが先輩たちに大好評で、「やっぱり夜食は阿部が当直の時がいいな」なんて言われるようになって、料理に目覚めてしまったんですよ。さらに2年ほど経った頃には、すっかり「料理の道に進もう」と決心していましたね。
写真家への道を決定づけた「無意識の名作」
船乗りを辞めた僕は、パリの日本大使館で大使付きのコックを務めていた親戚のおじさんを頼りに、フランスへ行きました。そして1か月ほどパリの市場などを見て回った後は、3か月ほどかけてヨーロッパ中を旅しました。
おじさんから「一度日本に帰って、それでも料理の道に進みたいと思うなら、戻ってこいよ」と言われて日本に戻った僕は、ヨーロッパで撮影した写真を現像しました。日本を発つ直前に、祖父から「これで向こうの写真を撮ってきてくれ」とコンパクトカメラを手渡されていて、訪れた先々で写真を撮っていたのです。
特に強い意志を持って撮影したわけではありませんでしたが、現像してみると我ながらいい写真ばかり。無意識に撮っていたのが逆によかったのでしょうか、あの旅で撮ったものを超える作品はいまだに撮れていない気がします。それらの写真と向き合ううちに、僕の気持ちは、料理から写真へと移っていきました。
立木義浩氏のもとで“一流”に触れる
その後、一念発起して東京工芸大学短期大学部の写真技術科に入学し、写真について専門的に学びました。
そして卒業後は5年間、写真家・立木義浩先生の事務所の助手を務めました。助手といっても、最初はいわゆる付き人のようなもので、車の運転手なども担当しました。もちろん、カメラの掃除や写真の現像など、写真に関わる様々な作業も経験させてもらいました。
写真については「教えてもらう」というより「染み付いてしまう」という感じでしたね。撮影現場の張り詰めた空気の中、立木先生の「とにかくいい写真を撮るんだ」という姿勢を肌で感じさせてもらえたことは本当に大きな財産であり、感謝しています。
お弁当にフォーカスするまで
試行錯誤の末に出会った「向き合うべきもの」
1995年、僕は32歳でついに写真家として独立しました。もちろん高名な先生のもとで修業をしたからといって、すぐに大きな仕事が舞い込んでくるわけではありません。
出版社などに挨拶に行っても、「立木先生のような写真を10分の1のギャラで撮ってくれない?」なんて言われるときもありました。そこで僕は改めて「どうすれば独自性のある写真を撮れるのか」「自分が向き合うべきものを見つけないといけないな」と考えるようになりました。
それから数年後に思い浮かんだのが、「また友達の部屋を撮ってみよう」ということでした。実はかつて大学の卒業制作として、友人たちの部屋でポートレートを撮らせてもらったことがあったんです。それを10年ぶりに撮影して、かつてと現在の写真を組み合わせて展示したら、時間が生むドラマのようなものを表現できて、面白いんじゃないかと考えたわけです。
そうして撮影した写真の展覧会を催していた時、今度はふと「お弁当と食べる人のポートレートを並べたらどうだろう?」というアイデアが浮かびました。個人のプライベートな部分に踏み込んで“覗き見する”という意味で、部屋とお弁当には共通する魅力があります。それをきっかけに、僕は撮影に向けた具体的なプランを考え始めました。
ライターである妻の文章でスタイルが完成
お弁当の写真は、撮影に協力してくれる人を見つけるのがとにかく大変です。親しい友達に声をかけても、「いや私のお弁当なんて普通だから…」と、簡単には引き受けてもらえない。
それでもどうにか協力してくれる人を見つけて、撮影しながらその人の話を聞いていると、お弁当を切り口にして、家族の思い出や仕事の苦労など様々な話が出てくるんです。家に帰ってそのことを妻に話したら、「それ面白いね」と言ってくれて、その後は彼女もライターとして参加することになりました。
結果的に、僕の撮るお弁当の写真は、妻が書く文章とのセットで、多くの人々に受け入れてもらうことができました。写真だけだったら、ここまで支持されていなかったかもしれませんね。
それなりに作品が溜まってからは、いろいろな出版社に持ちこんでみたのですが、どこも「誰がこれを買うの?」「親戚や家族しか興味持たないだろう」というつれない反応ばかりで、話はなかなか進みませんでした。
だから2006年の秋、木楽舎の 小黒一三 さん(代表取締役)に会って「これは面白い」「どんな形であれ、世に出そうよ」と言ってもらうことができた時は、嬉しかったですね。それがANAの機内誌『翼の王国』での連載につながりました。
2010年には単行本として出版したタイミングで、キヤノンギャラリーでも写真展を開催させてもらい、ついにはNHKの『サラメシ』にお弁当ハンターとして出演するなど、思ってもみなかった状況になりました。
忘れられない2度目の撮影
お弁当の写真にはどれも思い入れがありますが、特に印象深いものの一つが、片岡 大空 くんの写真です。最初に撮影させてもらったのは、彼がまだ幼稚園児の頃でした。彼はうちの娘と同い年なんですよ。
その後、10年以上が経った2018年に東京都美術館で写真展を催したとき、なんと高校1年生になった大空くんが花束を持って駆けつけてくれたんです。すぐに彼だと分かったし、ものすごく嬉しかったですよ。僕はすぐさま「高校生ならお弁当だろう?」と、2度目の撮影をお願いしました。
その後、コロナ禍の影響もあって時間はかかりましたが、数年後に再び撮影させてもらうことができました。またいつか、社会人になった彼とそのお弁当を撮影させてもらえたらなと思っています。
現場の空気までも閉じ込めたい
余計な演出はいらない
お弁当の写真を撮る際は、照明にしても自然光にしても、できるだけ現地の光を利用したいと考えています。例えば、今回撮影させてもらった印刷所(読売プリントメディア・東京北工場)の光は、あの時間、あの場所限りの光ですよね。ストロボでライティングしてしまうと、どの写真も同じにようになってしまう。僕はそうではなく、その場の空気までも写真に閉じ込めたいと考えているんです。
また、お弁当はいつも俯瞰から撮っていますが、あくまでも「人のお弁当が見たい」という思いが出発点なので、その延長で、余計な演出をしない撮影スタイルに行き着きました。
仕事中の姿も撮影させてもらうのですが、それは仕事とお弁当が密接につながっているからです。関根さんの場合、責任者になったことで肉体労働よりデスクワークの比重が増えて、奥さんがお弁当箱を小さくしてくれたそうです。
今回の撮影のハイライトの一つは、関根さんが刷り上がった新聞を見ている姿ですね。ご本人も、まさかあんな厳しい目をしているとは思っていないんじゃないでしょうか。そんな“知られざる姿”をご家族や同僚の皆さんにも見てもらえるのも、仕事中の写真の面白さですね。
ああいうシーンに立ち合わせてもらうたびに、しみじみと「僕らはこういう人たちに支えられて生きているんだなぁ」と思うんです。決して有名人ではない一般の人の写真を撮って世に出す意味は、そんなところにあるのかもしれません。
いい道具は「手に馴染む」
キヤノンのカメラは、立木先生のアシスタント時代から長年扱い慣れているので、愛着もあるし、信頼もしています。何より、EOSは何の違和感もなく手に馴染むんですよ。道具を持った時の感覚というのは、いい仕事をする上で本当に大事なものだと思います。料理人の包丁や理容師のハサミ、ドライバーのハンドルなどにも通じるのではないでしょうか。
人間は古来、文字や絵、音楽など様々なものを記録して残してきました。「自分が感動したものを記録して残したい」という気持ちは普遍的なものであり、今後AIでイメージ通りのビジュアルがつくれるようになっても、カメラというのはなくならない気がします。
僕が撮るお弁当の写真も、何百年か先の人々に見てもらって、「お弁当を撮っていた変なおっさんがいたんだな」って思ってもらえたら嬉しいな(笑)。
写真家・阿部了が考える「いい写真」
写真は「自分らしさ」を教えてくれる
当たり前ですが、カメラは目の前にあるものしか撮れません。でも僕は何とかして、被写体の背景にあるものまで撮りたいと考えています。裏側にある思いやストーリーまで写し撮れたら、それは「いい写真」といえるんじゃないでしょうか。
「撮影している人の内面が滲み出る」というのも、写真の魅力の一つですよね。学生時代、研究室で「5枚組の写真を撮り、持ち寄って討論会をする」という課題に取り組んだのですが、全員が「美術館の建物」や「お寺の酉の市」など同じものを撮影しているはずなのに、それぞれが全く違う作品に仕上がっていて、驚いたことがありました。写真というのはそんなふうに、撮る人の「自分らしさ」を教えてくれるものでもあるんです。
カメラをコミュニケーションのツールに
だから例えば、いつも見ている風景を家族で1枚ずつ撮って、見せ合ってみたら面白いと思いますよ。「お父さんはこんなふうに見ていたの?」「きみはそこにフォーカスしてるのか」みたいな発見ができて、新しいコミュニケーションのきっかけになるでしょう。
部屋もお弁当も、みんな最初は「私のを撮ったって、面白くないよ」と言っていたんです。それでも、写真にすることで見えてくるものがたくさんあった。身近なものの中に、新しいものを発見する…こんなに楽しいことはないと思いますね。
1963年東京都生まれ。東京工芸大学短期大学で写真を学び、立木義浩氏の助手を経て、95年よりフリーランスに。2000年より日本全国を回って手作りのお弁当と食べる人のポートレートを撮影。10年の写真展「ニッポン チャチャチャ」では、全国のキヤノンギャラリーにて約120名のお弁当とポートレートをモノクロ写真で展示。11年からはNHK『サラメシ』にお弁当ハンターとしても出演中。著書に『おべんとうの時間』、写真集『ひるけ』(木楽舎)など。