働き方改革の機運が高まる中、改正労働基準法が2019年4月に施行され、中小企業でも今年4月から残業時間の上限規制が適用される。
大企業に部品を納入する中小メーカーは、部品供給網(サプライチェーン)に組み込まれ、業務が他社と連動しているため、
労働環境の改善に独自で取り組もうとしても限界がある。特に大企業との連携は不可欠だ。
中小メーカー経営者3人に、現時点での取り組みと課題について、読売新聞東京本社 調査研究本部の高橋徹 主任研究員が話を聞いた。
高橋徹:2019年4月から、年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対し、5日以上の有給休暇取得が義務付けられました。取り組みはいかがですか。
渡邊弘子さん:当社は予定通り達成できそうです。私たちが経営するのは中小企業です。人手不足が深刻で、採用難が続いています。だから働きやすいように休める環境を作らないと、そもそも生き残っていけないので、有給休暇取得促進などには、法施行より数年前から取り組んでいます。例えば、省力化のための設備投資や採用枠増など環境整備も進めています。
山口陵子さん:これまでは従業員の休暇に干渉しにくい雰囲気もありましたが、改正法施行によって、有給休暇取得を経営側から徹底できるようになりました。
手塚加津子さん:当社は鋳物を作っていますが、厳しい労働環境です。事業を続けるために、労働環境の整備は必要です。
高橋:4月から中小企業で残業の上限規制も始まります。
山口:残業が発生する多くは、発注元大企業の短い納期の部品発注が原因です。例えば、部品を金曜日に受け取り「これを月曜日の朝までに加工してほしい」と言われれば、残業せざるを得なくなります。同業者にはこうした短納期の「しわ寄せ」によって、月70時間の残業が出た事例もあったと聞いています。発注元の協力なしに、下請け企業の残業削減は実現しません。
渡邊:大企業から土日に設備の設置作業などを受注することが多いのですが、それは大企業で働く人たちが月曜日から効率的に働けるようにするためです。それは理解できます。ただ土日に作業した当社の作業員を月曜日から振り替えで休ませたいので、大企業側にも協力いただいて、日曜の作業終了時に、立ち会いに数人来ていただきたいと思うことがあります。お互いの労働環境に配慮しながら、残業を減らすことができたらと思います。
高橋:小さな配慮で労働環境が変わることもありますね。大企業と下請け企業は、部品の「調達―供給」の関係でもあるので、上下関係に似た構造で、中小企業経営を圧迫することもあるようです。
手塚:大企業からの部品受注時に、正式発注から納品まで1週間だけということがあります。こういう場合は正式発注後に生産しては間に合わないので、発注前に材料を注文し、生産を始めます。納期を間に合わせるためです。でも大企業は、直前まで正式契約を結ばず、いつでも注文をやめられるように、取引の自由度を確保したいわけです。このため大企業側が「正式発注前だから」との理由で、発注前に作った製品を買い取らず、下請けがその費用負担をかぶることもあります。
山口:大企業が重視する「コスト削減」は適正である限り大事です。しかし度を超えた態度も目立ちます。たとえば、下請けである我々は、技術をフル活用して、新しい製品のアイデアを提案することがあります。大企業側はこれに対し「コストが見合わない」として、新製品の取引を却下し、アイデアだけ取り上げて、「もっと安い企業に頼む」と言われたこともあります。新製品を生み出した方は、開発コストのみを負わされます。これでは信頼関係を毀損(きそん)してしまいます。
高橋:開発や新設備の導入などコストはゼロではないので、適正にコストを反映した取引が重要ですね。
渡邊:大企業の発注では最近、電子取引のシステムが使われます。このシステムは企業ごとに異なります。5社と取引すれば、5社のシステム導入が必要です。その導入費用は下請けの全額負担です。下請けの経営を圧迫した上での取引は、人手が不足している中小企業の労働環境にも影響を与えます。知恵を絞って、双方に利益がある「ウィンウィン」の協力関係を回復させるべきです。
手塚:下請けにコスト削減を強いるだけでなく、完成品メーカーには、最終製品を値上げする努力をもっとしていただきたい。それに見合った良い製品、良い部品を作っている自負はあります。
山口:中小企業側も「コスト削減」が当たり前になって、価格は上がらないと思い込んで諦めている部分もあります。でも労務費は確実に上がっています。
渡邊:ただ、中小企業側も事業効率化を進めなければなりません。「もうからない」と言う企業には、自動化の余地がある工程を手作業で続けている場合も多いです。中長期的な視点から、投資や人材育成に、果敢に取り組むべきだとは思います。淘汰(とうた)の時代が来ているので、そこは受け止めなくてはなりません。
手塚:そうですね。かつては中小企業でも「長時間働くこと」が美徳で、たくさん働いた人への表彰制度を作ったりして、労働意欲を維持してきましたが、そういう時代ではなくなっています。IT(情報技術)を多用して、効率よく間違いのない仕事ができるような努力は不可欠ですね。
高橋:発注元との関係で改善に向かった事例はありますか。
渡邊:下請法の支払い方法の基準が50年ぶりに変わり、取引環境はよくなりました。発注元が代金を現金で払ってくれるようになっています。完成品メーカーが1次下請けに現金で払えば、2次下請けにも現金が渡るという好循環が生まれています。下請けの資金繰りが改善し、無理な経営を避ける下支えになっています。
山口:ある部品について、取引先から「今日発注した数量を明日納品」してほしいとの意向がありました。しかし取引先の要請通りだと、当社の過剰残業につながることが予測されました。そこで双方で協議した結果、曜日によって発注数量の上限を決定することとし、週2日は残業なしの日を確保できるようになりました。相互の立場を理解した現実的な合意で、大きな成果でした。
手塚:自分たちの取引先を、特定企業に偏らないようにする努力をしています。これにより自社の交渉力を確保し、ストレスのない良い関係へとつながっています。
私たちは大企業に対し、強く健全で世界の市場で勝ち抜いてほしいと思っています。そのための手段は、単純な「コスト削減」だけではないはずです。私たちには人材も経験もあり、知恵を絞ることができます。短期的に低コストを目指すのではなく、次の事業や製品につながる関係へと、理解が深まっていけばいいと思います。
高橋:改正労基法も施行され、少子高齢化など取り組むべき課題もあり、経営者として、生き残るための本気度が問われますね。
渡邊:そうです。中小企業は全体として、大手企業の賃金や福利厚生にはかないません。そこで人を採用し、良い仕事をしてもらうには、やりがいのある業務を維持できる仕組みが必要です。
手塚:労働人口の減少に対応し、女性や高齢者、外国人を採用する方向になるでしょう。そのための壁を越えていきたいです。
山口:一般的に3K(キツイ・キタナイ・キケン)と呼ばれることの多い職場です。でも現場では「この仕事はまだ、他人には任せられない」というプライドをもって働いています。こうした社員のプライドをくじかないように、良い労働環境の会社でありたいと思っています。
2018年夏の豪雨で、社員が被災しました。その時に考えたのは、事業継続の危機は突然やってくるということです。被災時に自分たちが無事でも、全国に広がる取引先が被災するかもしれません。だからこそ、モノ作りでつながる大手も下請けも、情報共有などでできる限り対話・協力していかねばならないと思いました。危機感とともに、持続的な経営に向けて覚悟を持って取り組みたいと思います。